保険料不払解除に関する保険法部会での経緯(其の弐)

「保険料不払解除に関する保険法部会での経緯(其の壱)」の続きです。
保険部会の意見等を踏まえて、「保険法の見直しに関する中間試案」が作られており、以下のとおり保険料不払解除に関する記載があります。

(損害保険契約の終了関係後注)
(略)
3 保険料不払による契約の解除の保険契約者に対する催告(民法第541条参照)を不要とする約定の効力に関する規律を設ける必要があるかについては,なお検討する。

そして、「保険法の見直しに関する中間試案補足」で以下のとおり補足説明がなされています。

後注3では,保険料不払による契約の解除の際の催告について記載している。
保険料不払による契約の解除をするためには,民法上,相手方に相当の期間を定めて履行の催告をすることが要件とされている(同法第541条)。ここでの問題は,催告をせずに契約の解除をすることができる旨の約定(以下「無催告特約」という。)を許容しないことを規定する必要性やその当否ということである。
この点について,実務の約款では,保険料を分割払することが約定されている場合において,保険契約者がこれを怠ったときは,一定の猶予期間経過後に保険者が契約の解除をすることができるとか,契約が失効すると規定されており,保険契約者に対する催告はこれらの効果が生ずるための必要的な要件とはされていないといわれている。
部会では,民法上催告が要件とされている趣旨にかんがみ,無催告特約を許容しないことを保険法において規定するかどうかを検討すべきである旨の指摘がされており,これについては,民法上の議論との関係を整理する必要があると考えられる。
すなわち,民法上,無催告特約は一般に有効と解されているが,主に賃貸借契約との関係で,信義則上その約定による契約の解除の効力が生じない場合もある旨の指摘がされている。そして,その趣旨は保険契約にも基本的には妥当すると考えられるが,実務上は保険料の支払を怠れば直ちに契約の解除又は契約の失効とされているわけではなく,約款において数か月の猶予期間が設けられているのが通例であり(さらに,契約によっては,一定の期間内であれば一定の要件の下で契約の復活を可能とする取扱いやいわゆる自動振替貸付けが可能であることが約定されることもある。),学説上,このような取扱いを前提とすれば,無催告特約として不合理とまでいうことはできないとの指摘もされている。
また,実務上は,保険募集人による口頭又は葉書による保険料支払の催促等がされているとのことであり,これは民法上の催告と評価し得るようにも考えられるが,他方で,郵便事故や保険契約者の転居等によってこれが到達しなかった場合の問題点や法律上必須の要件とされると配達証明郵便等によって催告をするなど証拠化のための費用支出が必要となり,結果的に保険料の上昇につながること等から,無催告特約を許容しない旨の規律を設けることには慎重であるべき旨の指摘もされている。
無催告特約の問題は,賃貸借契約では個別具体的な事案ごとに無催告特約を前提とした契約の解除の効力が判断されており,保険契約についてだけ,これを一律に許容しないこととすることの当否についても併せて検討する必要があると考えられる。
なお,部会では,保険料が口座振替の方法によって支払われることとされていたが,何らかの事情によって振替の手続がされなかった場合の法律関係についても検討すべき問題がある旨の指摘がされた。

 
この中間試案を踏まえた議論は、法制審議会保険法部会第19回会議(2007.11.14開催)にて行われています。
「法制審議会保険法部会第19回会議 議事録」
http://www.moj.go.jp/SHINGI2/071114-1-1.txt
http://www.moj.go.jp/SHINGI2/071114-1-1.pdf

次に,11頁の3では,保険料不払による保険契約の解除に関し,保険契約者に対する催
告を不要とする約定を一律に無効とする規律は設けないものとすることでどうかという提案をしております。
この点に関しては,保険料の口座振替に関する特約がある場合に,保険契約者に契約の解
除や失効を防ぐための機会を与えるべきであることなどを理由に,催告を不要とする約定を無効とすべきであるとの指摘もございますが,※に記載したとおり,このような約定を保険契約についてだけ一律に無効とすることの合理性には疑問がございますし,また,個々の約款の解釈において合理的な結論を導くことができる場合などもあると考えられます。
そこで,契約法において,当該約定を一律に無効とするのではなく,各保険契約の解釈に
ゆだねることが適当ではないかと考えられますが,このような考え方について御意見をいただきたいと思います。

 

私は,この部会の最初の方で,現状ではしようがないのではないかと申し上げて,その後,○○委員が御発言されて,それに賛同したわけですけれども,やはり賛同した最大の理由は,この不払問題の関係で,解除をされたままのものとか,それから,失効されたままで返らないお金というのが何十万件とあるわけです。
これは,保険業界,私は最近の数字を知らないのですが,契約継続率とかそれから募集外
務員の育成率,3年たつと何分の1になるのか今知りませんけれども,そういうものがすべてそこにあらわれてきていて,だから何か手当てはしなければいけないところで,特に,失効もしくは解除の催告を要求しても,事実上そんなに,そのときに解約してしまったらこれだけ返戻金の手続ができますよとか,こういう復活のためにはこうやって次やりますよとかそういうのを知らせるべきで,そこに請求用紙なんかも本当は入れるべきですよね。ですから,私は,催告不要とするのを強行法的に禁止するということではなくて,本当はやはり契約法上,何か工夫すべきものがあるのではないかと思うのです。

↑は消費者代表の立場からの意見のようです。

今,○○委員の言われたとおりなのですけれども,ちょっと実態をお話ししますと,失効
をめぐる苦情というのは,昔に比べると格段に減っているのですね。
それはなぜかといいますと,昔は集金契約がほとんどだったのですけれども,現在では,
団体扱い,それから最も多いのは銀行口座振替なのですが,それだけで九十数%になっていまして,以前あったような苦情はほとんどないと。訴訟も失効をめぐる訴訟そのものはないのですね。
それから,もう一つ,失効しますよとか振替できませんでしたよとか,そういう通知は,前もお話ししていますけれども,そういう通知も出しています。それから,失効になった後,返還金は幾らありますということも知らせています。それから,さらには,猶予期間という制度があるとか,あるいは復活制度があるとか,非常に,民法でいう催告をしなければならないという,個別の契約と違って大量の契約をやっていますから,そういう一律の取扱いを認めていただいていると,そういうように認識しています。
それから,もう一つは,催告を義務付けるとどういう問題が起きるかというと,これは証明をしなければいけないわけですから,配達証明というものをするわけですね。私どもの会社で試算しますと,これが現在でも数億円かかるのですね,コストとして。それをほとんど問題が起きていないものについて,新たな支出をすべきということになりますと,ほかの契約者に対する負担にもつながると,そういうことでございます。

↑は生保代表の立場からの意見のようです。この意見に対して、前述の消費者代表の立場から発言した人が以下のように意見を述べています。

証明をしなければ本当にいけないかというのは,これは保険法研究会のときにもありましたけれども,もうほとんど到達するのであれば,郵便だけでやって,それ以外のことはまた手当てするという,コストとして考えるという,そういうやり方だってあるわけで,もう少し柔軟に考えていただければと思いますけれども。

時間切れでこれ以上の議論はないようで、中間試案のとおりの整理となったようです。
 
実際には、保険法そのものではなく中間試案の趣旨を踏まえた改定が約款においてなされているのが、実際の約款の条文を見ると分かります。
東京海上ホールディングス株式会社のトータルアシスト(総合自動車保険)で、保険料不払解除について『2009年7月1日改定時の約款』と『2010年1月1日改定時の約款』を比較してみました。
『2009年7月1日改定時の約款』
普通保険約款一般条項 第4節【共通】第6条(保険料不払による保険契約の解除等)71

① 当会社は、次の各号のいずれかに該当する場合には、保険証券記載の保険契約者の住所にあてた書面による通知をもって、この保険契約を解除することができます。
(1) 初回保険料について、第2節【共通】第1条(保険料の払込方法等)第2項に定める期日(保険証券に初回保険料の払込期日の記載がない場合は、保険期間の初日の前日とします。)までに、その払込みがない場合
 (略)
(5) 第5節【共通】第1条(保険料の返還、追加または変更)第4項の追加保険料の払込期日を設定した場合において、同項に定める期日までに、その払込期日に払い込むべき追加保険料の払込みがないとき。
 (略)

『2010年1月1日改定時の約款』
普通保険約款基本条項 第5節 第6条(保険料不払による保険契約の解除等)

(1) 当会社は、下表のいずれかに該当する場合には、この保険契約を解除することができます。この場合の解除は、保険契約者に対する書面による通知をもって行います。

 (略)
(*3) 第6節第1条(保険料の返還、追加または変更)(1)の表の①または⑤の場合は、当会社が保険契約者に対し追加保険料の請求をしたにもかかわらず、相当の期間内にその払込みがなかったときに限ります。

不払解除の事由については旧新で違いはないのですが、注釈(*3)の有無が異なります。つまり、規定の期日がきたら無条件に契約解除ができるのではなく、請求する条件付きで、しかも請求の相当期間後に契約解除できると改定されています。
つまり、標準の場合においては民法の規律に合わせ、特定の約定がある場合はそれを踏まえた内容としています。

民法第541条(履行遅滞等による解除権)
当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。