保険料不可分の原則に関する保険法部会での経緯

保険法案の検討は法務省所管の法制審議会保険法部会にて行われました。
保険料不可分の原則に関する取扱いの規定を保険法の中にどのように置くべきか、あるいは法には置かないのが妥当であるのか等についても保険法部会で検討された模様です。
 
結論として、保険法において保険料不可分の原則の取扱いに関する規定は置かれませんでした。しかし、各保険会社の約款は保険法部会での議論を一定考慮した内容にしていると思われます。つまり、保険法になくとも約款の規定を見直している可能性があるということです。
ちなみに、保険料不可分の原則に関する事以外にも、上記のように保険法にないことでも約款の規定を今回見直した箇所が存在するようです。
 
保険料不可分の原則は、検討事項として法制審議会保険法部会第1回会議(2006.11.1開催)の配布資料の中において、以下のように取り上げられています。
「配布資料2 保険法の現代化に関する検討事項(1)」
http://www.moj.go.jp/SHINGI2/HOKEN/hoken02.pdf

 
この件に関する議論は、法制審議会保険法部会第2回会議(2006.11.22開催)にて行われており、その議事録を読むとどのような意見があったのかが分かります。
「法制審議会保険法部会第2回会議 議事録」
http://www.moj.go.jp/SHINGI2/061122-1-1.txt
http://www.moj.go.jp/SHINGI2/061122-1-1.pdf
保険法部会はいろいろな立場のメンバーで構成されており、そこには学者の他に消費者代表,損保代表,生保代表として参加している者がいます。
公開されている議事録には、誰の意見なのか記されていませんが、内容からどの立場の者が発言したか類推することが可能です。

続いて,(2)では,保険料不可分の原則について問題提起しております。保険料不可分の原則とは,保険契約が中途で終了した場合に,保険者は保険料計算の基礎とした単位期間である保険料期間全部の保険料を取得することができ,保険料期間のうち未経過期間に対応する保険料を保険契約者に返還する必要がないという原則をいいます。保険料不可分の原則の理論的根拠としては,保険料が保険料期間に基づいて算定されている以上,より短い期間に応じた保険料を算定することが技術的に不可能であるということや,保険契約者は保険者の危険負担に対する対価として保険料を支払うのであり,保険者の危険負担という給付は分割できないということなどが挙げられております。また,商法に明文の規定はございませんが,同法第655条の反対解釈などを根拠に,商法は保険料不可分の原則を当然の前提としているとの指摘もございます。しかし,近時では,保険料期間より短い期間に対応する保険料を算定することが技術的に不可能とは言えないことや,実質的な危険負担期間の長短を無視して一律に保険料期間全部の保険料を保険者に与えることは不公平であることなどを理由に,保険料不可分の原則を採用することについて立法論的な批判がございます。
そこで,保険法においては,保険料不可分の原則を採用したことを前提とした規定は設けないこととし,同原則の採否は個々の保険契約にゆだねるのが適当であるとも考えられますが,このような考え方につきまして御議論を頂きたいと思います。

これは明らかに進行役の発言で、中立の立場からのものです。
ちなみに、単位期間は大抵の保険において1年間です。実際に料率は保険期間1年につきと定めるのが普通です。例えば、水害の損害率は月別に統計をとれば均等ではないはずなので、台風シーズンだけ水害担保にするというのは適正ではありません。やはり1年単位で契約するのが妥当です。また、生命保険においても乳児を別にすれば、1歳毎の生存率・死亡率としていることから、単位期間が1年であることは自明です。例えば60歳1か月目の死亡率は59歳の死亡率に近く、60歳12か月目の死亡率は61歳の死亡率に近いと考えられますが、そういう保険料計算においてそういう見方はしていないと思います。
とは言えども、商法の規律をそのまま適用しているのかというと、そうとも限りません。特に損保では、引受時には前述した点を考慮しますが、解約時には考慮せずに一定の額を返還します。
 

それから,保険料不可分につきましては,特に明示の規定は設けていただく必要はなくて,個々の契約に任せていただきたいとは思うのですが,年払であれば,その1年間に対応する保険料を頂くということでやっています。月払であれば,その1か月分をやっていますので,例えば15日に亡くなったから残りの15日分の保険料を返せとか,そういうのは保険数理上あり得ない話なのですね。
それから,私どもとしては日割り計算みたいなことはやっていませんけれども,それぞれについて払込年月という概念を用いて,それは前払ですから期始に払っていただくのですが,それによって解約返戻金なんかは計算しておりますので,必ずしも不公平ではないと考えております。

↑は生保代表の立場からの意見のようです。

保険料不可分の方に関しましては,技術的な問題ということがございましたけれども,現実的にお支払をするときに,月払で払ったり分割払で1か月ベースで払っております。日割りで返せとは申し上げませんが,やはり月単位では,是非未経過分は御返還いただきたいと思っております。

↑は消費者代表の立場からの意見のようです。

個人分野の保険,ごく一部と言うと違うかもしれないのですが,基本的にはそれで構わないのですが,生保さんと同じようなことで,ちょっと説明が難しいですが,リスクが偏在している商品があって,具体的には一番分かりやすいのは組立工事保険なんかですけれども,それを6か月契約でやったときに,6か月間,リスクはずっとあるのですけれども,最初の方に物すごくリスクが偏在しているとか,そういうものがありますので,そういう形の保険の場合にはお返ししていないとかというのがあります。ですから,そういう意味で,不可分則が−−今の不可分則という言い方もあるのでしょうけれども,不可分則がなくなったからといって,全部保険料の濃さが違うというような言い方をしたらいいのかもしれませんけれども,本当に日割りで済むものと済まないものがごく一部ですけれどもまだありますので,それはまだ不可分則を適用するというか,そういう形の考え方が残るような余地は与えていただきたいと思っております。どう法律を書くかだと思いますけれども。

↑は損保代表の立場からの意見のようです。
個人的には、私が損保屋だからというわけではなく、この意見が最もしっくりきます。この意見は中間試案においても引き続き検討にするべきものと整理されています。
なお、個人分野では不可分則がなくとも良い旨を言っていますが、先に挙げた水害リスクなどではやはり不可分則は適用すべきと思います。例えば、長期保険に対して8月から1年間の水害担保を付加し、それを11月になったら水害担保を外すということをした際に月割で保険料を返還するようなことがあれば、それは逆選択であると思います。
 
保険部会の意見等を踏まえて、「保険法の見直しに関する中間試案」が作られており、以下のとおり保険料不可分の原則の取扱いに関する記載があります。

(損害保険契約の終了関係後注)
(略)
2 いわゆる保険料不可分の原則を画一的に採用することはしないものとする。したがって,保険期間満了前に保険契約が終了したときは,保険者は,原則として,未経過の期間に相当する保険料(ただし,その額について合理的な約定は許容される。)を返還する責任を負うことになると考えられる(これに伴い,現行商法第654条の規定は削除する。)。保険期間満了前に保険料の減額請求がされたときの保険料の返還についても,同様である。

そして、「保険法の見直しに関する中間試案補足」で以下のとおり補足説明がなされています。

後注2では,いわゆる保険料不可分の原則を画一的に採用することはしないことを明示している。
保険料不可分の原則とは,保険契約が中途で終了し(保険期間満了前に契約の解除がされた場合又は契約が失効した場合等がこれに当たる。),又は保険料の減額請求がされた場合に,保険者は保険料の計算の基礎とした単位期間である保険料期間に相当する保険料の全部を取得することができる(保険料期間のうち未経過の期間に相当する保険料を保険契約者に返還する必要がない。)という原則をいう。
もっとも,近時では,学説上,保険者が常に保険料期間の保険料の全部を取得する合理性はないなどとして,法律上保険料不可分の原則を前提とする必要はないとの指摘がされており,部会でも,保険料不可分の原則を法律上の原則とすべきとの意見はなかった(損害保険契約の実務でも,保険契約が中途で解除された場合等にはいわゆる短期保険料率等で計算し直した上で保険料の一部を返還している例が多いようである。)。
そこで,後注2では,保険料不可分の原則を画一的に採用することはしないこととしている(学説上,現行商法第655条が保険料不可分の原則の根拠として挙げられることがあるものの,これは後注1において削除することとしている。また,同法第654条の規定は削除することとしており,これにより被保険利益が消滅した場合には保険者は原則として保険料を返還すべきこととなる。)。
このような立場を採るとしても,返還すべき保険料の額を合理的な範囲で約定することは許容されると考えられる。また,工事保険やハンター保険,興行中止保険等のように契約の性質上保険料の分割が困難な契約では,契約が中途で解除されるなどしたとしても保険料を返還しないこととしている場合があり,個々の契約の特殊性に応じて合理的な取扱いをすることは許容されるべきとの指摘がされた(このようなことを踏まえて,後注2では,「画一的に採用することはしない」とか,「原則として」と記載している。)。
なお,後注2の立場を採る場合には,未経過の期間に相当する保険料(保険契約者が支払った保険料の総額から保険契約の終了までの期間の保険料の額として相当な金額を差し引いた残額)を返還する旨の規定を設けるべきかについて検討する必要があるが,規定がなくても,保険契約のような有償契約が中途で終了した場合に,その後の期間に相当する既払の対価が返還されることは,民法の一般法理から導かれるとも考えられる。
また,保険料不可分の原則は,保険期間満了前に保険料の減額請求があった場合にも問題となり,後注2の立場を採ると,保険料の減額請求があったときは,保険者は,基本的に未経過の期間の減額された部分に相当する保険料を返還すべきことになる(この考えを前提とすれば,2(2)や(3)の「将来に向かって」という文言は減額請求があった時からという意味に解釈することになると考えられる。)。

中間試案のとおり、法律にて明記することではないと整理されたようです。