保険法−給付の履行期と実際の対応事項

保険金の支払遅延で日本興亜損害保険株式会社が昨日、業務改善命令を受けましたが、もともと約款に明確には保険金の支払期限の規定はおかれておらず、保険会社の内規・運用まかせになっていました。今回の行政処分は、その内規・運用が適切ではないことを理由にくだされたものと私は見ています。
無論、標準としては30日以内に保険金を支払うという規定が約款に書かれていますが、30日で支払うことのできない理由があるときは30日を超えても良いこととなっており、それが具体的にどのような場合なのか・30日でないなら何日になるのか・その期限を超えた場合にはどうなるのかといった事は明確にされていません。
 
保険法ではこのような問題を解消すべく、第21条(保険給付の履行期)・第81条(保険給付の履行期)にて、保険金支払に必要な期間を保険金支払期限とし、それを経過した場合は保険会社に責任を求めることと定められました。保険会社が遅滞の責任を負うとは、具体的には支払期限から遅れた分について延滞利息を支払うこととなります。また、今回の日本興亜損保のように場合によっては行政処分の対象となることも考えられます。

(保険給付の履行期)
第二十一条 保険給付を行う期限を定めた場合であっても、当該期限が、保険事故、てん補損害額、保険者が免責される事由その他の保険給付を行うために確認をすることが損害保険契約上必要とされる事項の確認をするための相当の期間を経過する日後の日であるときは、当該期間を経過する日をもって保険給付を行う期限とする。
2 保険給付を行う期限を定めなかったときは、保険者は、保険給付の請求があった後、当該請求に係る保険事故及びてん補損害額の確認をするために必要な期間を経過するまでは、遅滞の責任を負わない。
3 保険者が前二項に規定する確認をするために必要な調査を行うに当たり、保険契約者又は被保険者が正当な理由なく当該調査を妨げ、又はこれに応じなかった場合には、保険者は、これにより保険給付を遅延した期間について、遅滞の責任を負わない。

なお、約款に定めのない事項は保険法に従うことになりますし、仮に約款に定めがあっても保険法にて片面的強行規定とされていれば契約者等に不利な事項は保険法が優先適用されます。そして、保険法附則の第3条(旧損害保険契約に関する経過措置)・第5条(旧傷害疾病定額保険契約に関する経過措置)によって、保険法施行前に締結した契約であっても、保険法施行後に生じた事故については第21条・第81条が適用となる旨が定められています。また、この保険給付の履行期に限っては、金融庁から、保険法対応約款が適用されるようになった時点で、従来の契約についても保険法対応約款と同じルールで運用するようにと各損保に指示が出ているようです。
 
現時点で保険法対応約款が公開されているのは、共栄火災海上保険株式会社自動車保険(2009年10月以降始期より)と日本興亜損保自動車保険(2009年12月以降始期より)のみです。なお、共栄火災に関しては、8月9日の「共栄火災の自動車保険改定(保険法対応)」と8月20日「共栄火災の自動車保険改定(保険法対応)(其の弐)」で触れています。
両社とも「ご契約のしおり」をサイトにて公開しているので、保険給付の履行期に関する箇所を見ていくこととします。なお、両社が販売している任意自動車保険は大きく分けると、リスク細分型,従来型,ドライバー保険の3つがありますが、リテール向けに一般に販売されているリスク細分型の自動車保険を取り上げることにします。
 
まずは共栄火災のKAPくるまる(総合自動車保険)です。
ご契約のしおりの P.A-58〜A-61 に「「保険法」改正の主なポイント」という保険法対応のためにどのような約款の変更があったのかを説明するページが設けられています。
その中に「3.保険金の支払時期(普通保険約款第5章 基本条項第24条)」があり、そこでは以下のように説明されています。

保険事故が発生した場合は、保険金の請求が完了した日からその日を含めて30日以内に保険金をお支払いすることしています。しかしながら、保険金のお支払いにあたり、30日を超えて特別な調査が必要である場合、従来の保険約款は、保険会社は調査を終えた後遅滞なく保険金を支払う、としており、保険金支払時期に明確な定めがありませんでした。特別な調査が必要である場合に、保険会社は保険金支払いのための確認を無制限に行い、それに要した期間内は保険会社が遅滞した責任を負わないとするのは、ご契約者にとって不公正であることから、改定後は、特別な調査が必要な場合を分類したうえで、支払期限を明確化し、その支払期限を超過した場合は遅延損害金をお支払いする、としています。
(注)30日を超過する場合は、お客さまにその旨をご通知いたします。


そして、普通保険約款 基本条項第24条(保険金の支払時期)は以下のとおりです。

第24条(保険金の支払時期)
(1)当会社は、請求完了日(注1)からその日を含めて30日以内に、当会社が保険金を支払うために必要な次の①〜⑤の事項の確認を終え、保険金を支払います。
① 保険金の支払事由発生の有無の確認に必要な事項として、事故の原因、事故発生の状況、損害または傷害発生の有無および被保険者に該当する事実
② 保険金が支払われない事由の有無の確認に必要な事項として、保険金が支払われない事由としてこの保険契約において定める事由に該当する事実の有無
③ 保険金を算出するための確認に必要な事項として、損害の額(注2)または傷害の程度、事故と損害または傷害の関係、治療の経過および内容
④ 保険契約の効力の有無の確認に必要な事項として、この保険契約において定める解除、無効、失効または取消しの事由に該当する事実の有無
⑤ ①〜④のほか、他の保険契約等の有無および内容、損害について被保険者が有する損害賠償請求権その他の債権および既に取得したものの有無および内容等、当会社が支払うべき保険金の額を確定するために確認が必要な事項
(注1)被保険者または保険金を受け取るべき者が前条(2)・(3)の規定による手続きを完了した日をいいます。
(注2)第4章車両条項I車両損害条項第1条(用語の定義)に規定する保険価額を含みます。
(2)(1)の確認をするため、次の①〜⑤に掲げる特別な照会または調査が不可欠な場合には、(1)の規定にかかわらず、当会社は、請求完了日(注1)からその日を含めて次の①〜⑤に掲げる日数(注2)を経過する日までに、保険金を支払います。この場合において、当会社は、確認が必要な事項およびその確認を終えるべき時期を被保険者または保険金を受け取るべき者に対して通知するものとします。
① (1)①〜④の事項を確認するための、警察、検察、消防その他の公の機関による捜査・調査結果の照会(注3) 180日
② (1)①〜④の事項を確認するための、医療機関、検査機関その他の専門機関による診断、鑑定等の結果の照会 90日
③ (1)③の事項のうち、後遺障害の内容およびその程度を確認するための、医療機関による診断、後遺障害の認定に係る専門機関による審査等の結果の照会 120日
④ 災害救助法(昭和22年法律第118号)が適用された災害の被災地域における(1)①〜⑤の事項の確認のための調査 60日
⑤ (1)①〜⑤の事項の確認を日本国内において行うための代替的な手段がない場合の日本国外における調査 180日
(注1)被保険者または保険金を受け取るべき者が前条(2)・(3)の規定による手続きを完了した日をいいます。
(注2)複数に該当する場合は、そのうち最長の日数とします。
(注3)弁護士法(昭和24年法律第205号)に基づく照会その他法令に基づく照会を含みます。
(3)(1)・(2)に掲げる必要な事項の確認に際し、保険契約者、被保険者または保険金を受け取るべき者が正当な理由なくその確認を妨げ、またはこれに応じなかった場合(注)には、これにより確認が遅延した期間については、(1)・(2)の期間に算入しないものとします。
(注)必要な協力を行わなかった場合を含みます。

保険金支払期限につき、標準は30日としつつ、それ以外の場合について5類型に分類して、それに該当した場合に限り 90,120,180日に延長する規定となっています。
ここで意味を持つのが、いつから起算して30日なのか?ということです。従来の約款はそこも明確になっていませんでしたが、保険法対応約款では『必要な書類を保険会社に提出し、保険金の請求を完了した日』と明確に定められています。
そして、第23条(保険金の請求)(2)にて保険金請求に必要な書類等を定めており、約款内で規定しきれない分については同項⑨で以下のとおりとしています。

その他当会社が次条(1)に定める必要な事項の確認を行うために欠くことのできない書類または証拠として保険契約締結の際に当会社が交付する書面等において定めたもの

つまり、これらの保険金請求書類を揃えて、保険会社に保険金請求をした時点から、約款に定められた期限内に保険金が支払われなければならないということになります。
 
次は日本興亜損保のカーBOX(くるまの総合保険)です。
日本興亜損保のご契約のしおり(安心ガイド)の P.24〜25 に「自動車保険の改定のご案内(主なもの)」というページがあるのですが、ここでは保険法対応に関しては告知事項・通知事項に関する変更点しか記載されていません。
しかし、保険金の支払時期については共栄火災と同様に改定されており、基本条項第20条(保険金の支払時期)は次のとおりとなっています。

共栄火災と同じく、保険金支払期限について標準は30日とし、特定の5類型に関しては 90,120,180日に延長する規定となっています。
 
保険金支払期限の類型毎の日数の明確化以外に、保険金請求に必要な書類を『保険契約締結の際に当会社が交付する書面等』で示すことにしたのも、実は大きなポイントです。保険金支払期限を明確にしたところで、そのスタートを保険会社が意図的に遅らせることができては無意味なものになります。請求する段になって、後から後から、保険会社が都合の良いように請求書類としてXXが必要だと告げ、請求完了日が後ろにずれることがあっては主旨に反します。
共栄火災はご契約のしおり内(P.A-35)で、日本興亜損保は安心ガイド内(P.30〜31)で主なものを列挙しています。
ここに記載されているものは、「など」としていることから完全なものではなく、実務上はこれとは別に書面が存在することになります。おそらく重要事項説明書の中に組み込まれるのではないかと思われます。
本日の「日本興亜損保の保険金支払遅延(其の参)」の末尾で、『ただ、現在公開されている日本興亜損保のご契約のしおり(安心ガイド)を見るかぎりでは、一抹の不安があります。』と書いたのは上記の内容のことです。共栄火災に比較して保険金支払期限に関する扱いが軽いからです。